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少年時代の奇跡。野球の神様はいるんです!


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仕事が休みの今日は、少年時代を振り返ります。

少年の頃は、私はずっと野球に夢中になっていました。

小学校が家の隣ということもあり、保育園児の時からグランドに行き、

ボール拾いの手伝いを行い、暇があれば壁にボールを投げていました。

 

小学3年生の頃、ようやく少年野球チームに入ることができました。

そのころから、守備だけは負ける自信がないほど得意で、常に親父からノックを受けていました。練習の成果もあり、4年生でセカンドをレギュラーをとり、5年生でピッチャーに。小学生の頃は、一番うまい人がピッチャー見たいな感じで選ばれていたので、うまいからではなく、打たれないピッチャー、点を取られないピッチャーを目指していました。

 

そんな野球尽くしの毎日を送っているとき、

悲劇が襲ったのです。

 

それは、血尿でした。

 

病院に行くのが怖く、親父や母親にもいうことができずに、

無視していると、段々と体が重くなり、体中がむくみでパンパンとなりました。

そして、いつものように尿をすると、

どろどろの真っ黒な尿となり、ようやく両親に伝え、病院に行くことに。

 

行って、検査を受けるとすぐに入院となり、すぐに車いすに乗せられました。

腎炎の中でも、ネフローゼとIGA腎症と大きな病気が2つ重なり、運動禁止の塩も0グラムからの食事となりました。

 

腎生検を行い、透析も視野に入れておくように伝えられました。

透析となると一生ですから、大変ですよね。

 

しかし、

野球で鍛えた忍耐力があったためか、また野球をやりたい一心で、

動くことを我慢し、約8か月間の入院を行い、奇跡的に治ったのです。

 

運動はもちろん禁止でしたが、

両親に嘘をついて練習再開。

小学最後の大会で、ピッチャーとして出場。

いままで勝った事がなかった競合に勝利し、決勝で敗れたものの準優勝という結果に大満足。

 

家に帰り尿をすると

またも黒い尿が。

 

そうなんです。

運動禁止なのにやっていたから病気という悪魔はまだまだ潜んでたのですよね。

その次の日に即入院となりましたが、

退院してから3か月間全く反応がなく、

最後の試合が終わってすぐにでたというのは、奇跡でしかないし、

しっかりと両親に怒られましたが、

野球の神様は本当にいるのだとその時に感じました。

 

その後は、またしても長期入院となり、

中学、高校では、野球をあきらめて運動は辞めることとなりました。